●中学校時代
中学校時代には、盛岡東リトルシニアに所属し、中学3年時には東北大会準優勝。東北
選抜チームにも選出される。菊池と甲子園に一緒に出場したい県内の他中学の有望選手
が同じく花巻東高校に集まってきた。
●高校一年夏
平成19年(2007年)、夏の甲子園1回戦の新潟明訓高校戦で登板。試合は0−1
で敗戦。当時は全国でその名はいまだ知られていなかったが、一年生にしては上出来の
デビュー。5回から2番手で登板、5回1失点、被安打5、奪三振4、四死球2、自責
点1。最速145k/h。
●高校二年時
平成20年(2008年)、春の東北大会準決勝の仙台育英高校戦で公式戦初先発を果
たす。9回2失点、被安打5、奪三振8、初完投勝利。
●高校三年時
平成21年(2009年)春の選抜で長崎・清峰高校今村の前に準優勝に惜しくも終わ
る。
1回戦の鵡川戦では、8回二死まで完全ペースも四球を与え、次の9回も二死からヒット
を連打されてしまいノーヒットノーランならず。2回戦の強打の明豊戦でも、9回無失点、
被安打9、奪三振12、四球2。準々決勝の南陽工戦では、PL学園を抑えて勝ち上がってき
た南陽工業相手にチームが苦戦。6回からリリーフで危なげなく無失点で抑える。
準決勝の利府戦では、被安打5、奪三振7の2失点完投と上々。そして決勝戦の清峰戦。 被
安打7、奪三振4、に押さえ込んだものの、甘いところに入ったところを打たれ1失点の完
投も準優勝。この試合で、その派手なパフォーマンスと共に全国にその名前が知れ渡る。
この時のチームメイトは、全員 “外人選手”のいない岩手県出身者で構成されていたよう
に、このチームの選手個々の能力以上に 監督の手腕がもっと評価されていいのかもしれま
せん。菊池は“ちびっ子選手”として甲子園で人気者だった佐藤涼平らと分かれて 一人プ
ロの道へ。その後2011年に入って、大学の寮近くで変わり果てた佐藤の訃報の知らせが旧
チームメイトらにも届きます。